スピリチュアリズムでおはようSUN

大霊一筋!の「ルリリリランランルリリララ♪」的なブログです。

オリジナルな「大霊の意識」

「霊」は「意識」と言い換えることが出来ます。

 

「意識」のオリジナルは「大霊の意識」です。

 

本当に実在しているのは「大霊の意識」であって
地上人が日常で感じている個別の自我意識は「大霊の意識」の付属品・複製品のようなものだと思います。

 

そもそも「意識」とはまず第一に「大霊の意識」がオリジナルな意識としてあって、
それに「追従するように、借用するように、便乗するように、副次的に連動するように、」して
我々の個々の自我意識があるものと思われます。

 

世にはたくさんの人々がいますが
本当は皆同じ「大霊の意識」を使っているわけです。

 

言わば一つの大きなオリジナルな「大霊の意識」を
皆で共用している、あるいは皆で相乗りしているような感じだと思います。


本当は「大霊の意識」を使っているにもかかわらず
肉体を本源として感覚する個的な自我意識には「大霊」の存在が意識されずに、
「意識」とは肉体(脳)が作り出した自分(自我)だけのものと思ってしまっているものと思います。

 

しかし例えばAさん、Bさん、Cさん、Dさん、の意識はそもそものオリジナルは「大霊の意識」であって、究極的に突き詰めるとそれぞれを区別することは出来ません。

 

つまり霊的な次元では自他はないということになると思います。

 

霊界ではテレパシーで話をすると言いますが、
使用している「意識」は皆同じ大霊の意識ですから
テレパシーは出来て当たり前ということになると思います。

 

また霊界では隠し事が出来ないのも同じ理由によるものだと思われます。

憑依によって憑依霊の意識が人に流入してくるのも元々のオリジナルな意識が同じだから可能なのだと思われます。

 

地上(肉体)を去った新米の霊が霊界でその人自身の人生を振り返って人生の細部まで見せられるそうですが、
その人の意識は元々は大霊の意識であって
その人の記憶や人生を細部まで全部貯蔵し管理している「真のその人」と言うべきものは実は「大霊」になるのだと思います。