スピリチュアリズムでおはようSUN

シルバーバーチの志を学んでいます

憑依について6 支離滅裂な行動

憑依霊に身体をコントロールされる事件が起こる前のことですが
それまでの約1年半の間は精神的に不安定な状態が続いていました。

 

自分自身に何かが起こっているような気がするけど
何が起こっているのか「解らない」苦しみに悩んでいました。


自分の中では明らかに目に見えない何者かが
自分に対して「何かをしている」という気がするのですが
現実的に考えるとあり得ないことばかりで、

そんなことあり得ない…。ということは解るのですが
気になって気になって仕方がないので

「気のせいだから気にしない」ということは出来ない状態でした。

 


テレビやラジオをつけて適当にチャンネルを合わせると
ピタリのタイミングで番組の中で話している出演者が
僕に語りかけているような気がしたりしました。


そうした現象は新聞や雑誌でも起こりました。
適当に開いたページの文章がポンと僕の心の中に飛び込んできて
心に引っかかって仕方がないのです。

 


偶然のようで偶然でない、という感じで
何者かが何かを仕組んで演出しているとしか思えませんでした。

 


そして何者かが僕の一挙手一投足を監視していて
シナリオを作り何かを語ろうとしている…、
という印象が残るのでした。

 


こうした「解らない」苦しみを何とか解決しようと
僕は奇行に及ぶようになりました。

 


テレビ局やラジオ局の放送局のそれぞれの番組に手紙を出しました。

 

「あなた方は僕のことを知っていて何かをしていますね。何をしているのか教えてください。僕が悪いことは謝ります。謝りますからどうか教えてください。ぼくは逃げも隠れもしません。僕はここにいます。」

そんな内容の手紙を30通くらいは出したと思います。


「謝ります」というのは僕が恥ずべき悪いことをしたから
放送局の人が怒ってそんなことをしているという思いこみに囚われていたからです。

 

僕は手紙を出した当初は必ず返事が来ると自信満々でした。

これで解らない苦しみから解放されるぞ。と思って気分がハイになることもありました。

 

しかし待てど暮らせど返事は一向に来ないのでした。

 

僕は落胆すると同時に、
「本当は知っているくせにわざと教えようとしていないのだ。」
と思いこんで恥をかいてしまったことに憤慨してますます苦しくなりました。

 

放送局の人も突然わけのわからない手紙を受け取って困惑しただろうと思います。

 

「解らない」苦しみを何とかしようとして色んな奇行に及びました。

 

何かを実行すれば「答え」を誰かが教えてくれるような気がして
行動するのですが、当然誰も何も教えてくれるということはなく
悶々とした思いで右往左往していました。

 

その当時、僕は大阪で一人暮らしをしながらアルバイトをしていましたが
、一度辞めたバイト先に「もう一度働かせてください。」と直談判で話をしにいった次の日の出勤日に無断欠勤をしたりしました。

 

またある日は
「これから一生、車や電車など文明の利器を使わないで生活しよう!やってみせる!」
と思いたち大阪から奈良県の実家まで約70キロの道のりを歩いて帰ろうとしたりしました。

 

その時は「これからは金は使わない。文明の利器は使わない!」と心に決めて出発したので無一文でした。

 

しかし実家まであと10キロくらいで力尽きて、あるガソリンスタンドで電話を借りて姉に車で迎えに来てもらったりしました。

 

ガソリンスタンドの店員のおじさんに大阪から歩いてきたと事情を話すと哀れんでくれて「わしもいつどこでどないなるか解らんから…」とクリームパンを恵んでもらったことを覚えています。

僕は恥も外聞もなくクリームパンをむさぼるように食べたのでした。

 

しかもその次の日には何も言わずに大阪に電車で戻ったりして
支離滅裂な行動に周りは大迷惑だったと思います。

 

文明の利器を使わずに生活したら、何かをしている何者かが評価してくれて

出てきて「答え」を教えてくれるかもしれない、という思い込みに囚われていたのです。

 

また自分が今まで出会ってきた全ての人に一人一人お会いして一人ずつ謝っていこう、これからの人生を謝罪の旅に費やそう。と考えたりもしました。

 

これも全ての人に謝り尽くしたら「答え」を教えてくれるかも知れないと思っていたのでした。

 

このように「解らない」ことを解ろうとして色んなことを試みるのですが、全て空回りに終わるのでした。


その当時ある人に
「悪いことをすれば必ず自分に返ってくる」

と言われて妙に印象に残っていましたが、ある日何か解らない恐怖心に苛まれてある妄想に囚われました。

 

その妄想というのは(汚い話になり申し訳ありませんが)自分の部屋に今まで自分がやってきた大小便がトイレから逆流して全て戻ってくるのではないか?という妄想です。

部屋に帰ったら自分の部屋が自分の大小便で一杯になっているのを想像して恐ろしくてビクビクしていました。

 

「自分はなんと申し訳ないことをしてきたのだろう」と恐ろしくなり
「これ以上このトイレを使うわけにはいかない」と思って
わざわざ近くのコンビニや公衆トイレで用を足しに行ったりしました。

 

「悪いことをすれば必ず自分に返ってくる」

とは勿論こういう意味ではありませんが、当時の僕は

「では一体どうすればいいのか?」と真剣に頭を抱えていました。

今から考えると下ネタ好きの低級霊(僕のこと?)に翻弄されていたのかも知れません。


今では笑い話のようですが、当時は真剣に見えない何かと戦って
クタクタになっていました。



自分の行動がとんでもないものであったとしても
何とかしなければといたたまれない気持ちでハラハラとして、

とにかく行動せずにはいられない必死さがあったように思います。

 

(憑依について7に続きます)