スピリチュアリズムでおはようSUN

シルバーバーチの志を学んでいます

用語の問題 霊とか生前とか

「用語の問題は我々にとってはどうでもよろしい。人間どうしで通じ合えるような用語をこしらえることです。地上の論争の大半は、五感に反応しないものに関して地上の言語が不完全であるために、用語について共通の同意が欠けていることから生じています」霊の書p35(スピリチュアリズム普及会)

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霊的なことを表現するときに、その言葉をどうイメージして使っているか

という問題があると思います。

 

 

例えば「霊」という言葉も

何となく抱くイメージが人それぞれバラバラだと思います。

 

霊的なことに関心のない大半の地上人は

「霊=幽霊」的な怪談話のイメージを持っていて

 

「霊は怖い」とか「霊なんていない」とか

「霊=低級霊」のイメージで捉えているように感じます。

 

「霊」は「霊」でも高級霊と低級霊では雲泥の差があります。

 

スピリチュアリズムでは我々地上人自身も「霊」だし

守護霊・背後霊・指導霊も「霊」だし、天使や妖精、自然霊も「霊」だし

神社やお寺にまつられている神様仏様も「霊」だし

創造主(大霊)はもちろんのこと「霊」になると思います。

 

しかし一般的には

「霊=高級霊」のイメージはないように思います。

 

 

 

もちろん霊には高級霊も低級霊もありますが、

一番大事な高級霊のイメージが抜け落ちて

どうでもいいような低級霊のことばかりに

スポットをあてるようにイメージするのは良くないと思います。

 

 

大半の人がそうであるように

「霊=低級霊」のイメージでとらえる先入観があると

霊的なことを忌避してしまったり

歪んだオカルト信仰に陥ってしまう傾向があるように思います。

 

 

また日常使っている言葉で元々は仏教用語であるものが多々あります。

 

例えば「生前」という表現は面白いと思います。

 

亡くなった故人がまだ生きていた時代のことを

「生前」と言うわけですが、死ぬ前のことを「生まれる前」と表現するのは

奇妙な感じもします。

 

仏教では「死んで地上を去り極楽浄土に生まれる」とするので

「極楽浄土に生まれる前」、ということで「生前」と言うようです。

 

霊界のことを「極楽浄土」と表現するかどうかは別にして 

この言葉の面白いところは視点が霊界にあるところです。

 

霊界目線で地上時代のことを振り返って見て

霊界に生まれる前のことを「生前」とするわけです。

 

つまり霊界での「生」がメインで

地上の物質界での「生」はサブとする

スピリチュアリズムの観点が「生前」という言葉の

裏にあるように思います。

 

これは霊的真理です。

視点が霊界にある言葉は珍しいと思います。

 

僕はお寺との縁があって

つい 仏教の肩をもちがちなんですが、

これからの仏教のあり方を考えますと

 

言葉の意味は時代によって変わっていくように

仏教の言葉や考え方もスピリチュアリズム的に解釈しなおす

という作業が必要なのではないか。。。

と思っています。