スピリチュアリズムでおはようSUN

シルバーバーチの志を学んでいます

花の恩返しから学んだこと

職場のあるダムの管理所から300mほど離れたところに

ぽつんと小さな庭があるんですが。

先日、草刈りをしたんです。

 

そこの草が膝下くらいの高さまで伸びてきていたので

「そろそろ草刈りせなあかんなあ。」と

思いながら見ていたんです。

 

電動芝刈りバリカンという道具で
草刈りしていたんですが。

草刈りの途中で雑草の中に白と黄色のマーガレットのような
野草の花があることに気がついたんです。

 

中央が黄色で白の花びらの花が
5~6本かたまって咲いています。

 

雑草とはいえ花のある草を刈るのは少し気が引けます。

 

かといって刈らないというわけにもいかず
普通は雑草に花があってもそのままバーッと
刈ってしまいます。

 

しかしその時は、雑草の中のマーガレットの様な花をつけた草を
何となくそのまま刈るのは忍びなかったので

 

「ようし!まかせとけ!」
と思いましてですね。

 

そこだけ5~6本の草を刈らずに
そのままにしておいたんです。

 

 

白と黄色のコントラストが綺麗やなあ。と思いながら

 

「かわいいなあ。綺麗やなあ。大霊や。大霊や。」
とニコニコ返しで花に愛を送りまして。


草刈りが終わってから見ると、
刈り残した花のところだけが
ポツンと愛らしく残っていて

 

「ええこっちゃ。ええこっちゃ。なかなか感心なこっちゃ。」
と自分で自分を誉めてですね。

 

なんとなく霊的にすごくいいことをしたような
気になりまして。

ルリリリランランルリリララ♪
だったんです。

 

その次の日のことです。
職場に出勤したら受付のカウンターの
ところにですね。

 

なんと。

 

昨日刈り残したあのマーガレットのような
黄色と白の花と全く同じ野草の花がグラスに5~6本入れて
飾られていたんです。

 

「なんと。」

と思いまして。
すごく愛らしく感じられました。

 

昨日、刈り残して愛を送ったことの
お礼を言いにきたのかな。と思いましてですね。
もう嬉しさがこみ上げてきました。

 

ピンと霊的存在の関与を直観しました。

 

「誰がこの花を生けたのかな?」と
思っていたら、職場では一番えらいさんになる
所長が生けたとのことでした。

 

「へーえ。」と思いましてですね。

 

僕はその時、昨日刈り残した花を所長が見つけて
摘んできたのかなと思いましたが、

昨日の草刈りの現場に行ってみると
刈り残した花はそのまま残っていました。

 

 

つまり所長はどこか違う場所からあの花を摘んで
グラスに入れ受付に飾ったようです。

 

 

所長が何を思ってあの花を活けようとしたのかは解かりませんが

所長の思考をコントロールして
あの花の生えている別のところへ向かわせ
摘んで飾ろうと思わせた霊的存在の関与がないと
このような偶然はないだろうと思います。

 

霊界が動いたら
「動きましたで。」
みたいな感じで霊界が動いた「跡」が
偶然という隠れ蓑に隠れながら

さりげなく自己主張しつつ残されるものです。

 

シルバーバーチ
「偶然といったものはありません」
と言っていますが、霊的世界がその存在(霊的法則)を
表現しようとしたのかも知れません。

 


僕が花を刈り残そうと思ったことも
ほんの少し霊的に良いことだったのだと思いますが

 

所長がやさしい心で野草の花を受付に飾ろうとしたことも
霊的に良いことなのだと思います。


そして受付に飾られた摘まれた花も
刈り残された花(同胞)のお礼をするために
自分を犠牲にしてやってきてくれて
これが一番霊的にすごいことだと思いました。

 

この摘まれた花がある意味ものすごく崇高な
自己犠牲と愛の理想の姿を教えてくれて
いるのかも知れない。。。と思いまして。

 

「霊的に良いこと=霊的成長」
と捉えてもいいと思います。

 

ほんの少しの霊的成長が霊的好循環を生み
全ての存在にリンクして
霊的にも良い影響を生み出して
いくのだなあと思いました。

 

神の摂理・霊的法則を学ぶ上で
まさに自然は生きた教材なんだと
思いました。


飾られた花にはいつも以上に
ニコニコ返しをしてお礼の愛を
送っておきました。

 

「花さん、ありがとう。」

ニコニコニコ♪
パワワワワァァァ。