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スピリチュアリズムでおはようSUN

シルバーバーチの志を学んでいます

神が縛ったものは神がほどく

うまい例え話は知性を活性化させ生き生きさせる。と言うようです

うまく例えられているかどうかは解かりませんが

こんな例え話を考えてみました。

 

死後も地上的価値観の束縛が強く、

地上界と霊界の中間にあたる幽界にとどまり

霊的成長の進歩がなかなか出来ない霊を

スピリチュアリズムの用語では地縛霊と言います。

 

いわゆる成仏しない霊(幽霊)という意味で理解してもいいと思います。

 

地縛とは 

物的(地上的・肉体的)な価値観の縛りが強い

という意味だと思います。

この「縛る」という表現は言い得て妙な

表現だと思います。

 

太いロープでグルグル巻きにされているようなイメージ

を抱いてしまいます。

 

ある意味では生きている我々地上人も

肉体の束縛が強い状態なので

地上(肉体)に縛られているという意味では

「地縛」状態になるのだと思います。

 

それにしてもこの「縛る」という表現ですが、

では誰が地上に「縛った」のでしょうか?

 

縛った主体は誰かというと

全てのものの第一原因である

「神(大霊)」になると思います。

 

「神によって縛られた=神によってベールがかけられた=神によって物的世界は作られた」

と理解してもいいのかも知れません。

 

地上人は肉体が死ぬと肉体を捨てた霊的存在になり

地上的な縛りから脱していくものと学んでいます。

 

しかし地上的な価値観・感情の影響が強く

自分で自分を縛るように

 霊的成長の道を歩めない地縛霊もいるようです。

 (「自縛霊」と表現できるのかも知れません)

 

一方では、生きた肉体を持った状態でありながら

地上的な縛りから(部分的に)脱してしまう霊もあって、

 それが霊的覚醒しているスピリチュアリストになるのかも知れません。

 

(部分的に)としたのは、例えスピリチュアリストでも

生きた肉体を持っている以上、

肉体的束縛から完全に脱することは

到底不可能だと思うからです。

 

生きた肉体を持つものが霊的覚醒するには、

苦しみの経験が必要です。

ーーーー

悲しみは魂に悟りを開かせる数ある体験の中でも特に深甚なる意味をもつものです。悲しみはそれが魂の琴線にふれた時、一番よく魂の目を覚まさせるものです。魂は肉体の奥深く埋もれている為に、それを目覚めさせる為にはよほどの体験を必要とします。

シルバーバーチの霊訓(1)P55

ーーーーー

 

この場合 

例えて言うならこんな表現が出来るのではないでしょうか。。

 

太いロープでグルグル巻きにされている地上人をイメージしてください。

 

神は生きた人間から

地上的な価値観という太いロープの縛りをどのように切るかというと

やさしくロープをほどいてくれる、のではなく

 

むしろそのロープの縛りをギュウギュウに強めるのです。

 

そしてロープの耐久性の限度を超え

ロープが痛んで「ブチッ」っと千切れるまで

ものすごい力で縛りを強めます。

 

このように縛りを強めて強めて

ロープを弱らせて

生きた肉体から地縛のロープをブチ切る。。。

 

こんなロープの解き方があるように思います。

(カルマの切り方と表現してもいいかも知れません)

 

しかしロープの縛りが強められている

その最中は中にいる人間はたまったものではありません。

 

相当な苦しみを伴うと思います。

しかしそれに耐えてこそ、魂は鍛えられるのだと思います。

 

その苦しみはその人の霊的背景に釣り合った苦しみで

その人にとってなくてはならない必要な苦しみです。

神は完全です。

間違うということがありません。

 

 

ロープの縛りが強められている最中は

あまりの苦しみに「死んだほうがましだ」と

思うかもしれません。

 

あるいは早まって自殺の道を選んでしまう場合もあると思います。

 

しかし神はその人に耐えることの出来ない苦しみは

お与えになりません。

 

ロープの強さ < その人の魂の強さ

 

ロープよりもその人の魂の強さのほうが頑丈にできている。

神はそれを知悉しているからこそ、縛る力をゆるめない。

必ずこのような構造になっているのだと思います。