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スピリチュアリズムでおはようSUN

シルバーバーチの志を学んでいます

苦しむことも「仕事」のうち

霊的な意味での

「仕事」について考えました。

 

世の中にはいろんな仕事があります。

 

職業という意味での仕事だけでなく、

日常生活で掃除したり、何かの作業をしたり、

何らかの活動すること(生きること)を仕事と捉えることが出来ると思います。。。

  

何か仕事をしている人に

「精がでますなあ」

と声をかけたりしますが、

 

仕事の本質とは「精をだすこと」。

つまり霊性を使い、発揮することではないか。。

と思います。

 

 

よい仕事は、

そこで出来る限り

自分の霊性を発揮し、

霊的に成長した痕跡が残るものなのかもしれません。

 

 

仕事といっても、

霊的な意味での「仕事」があると思います。

 それは神(大霊)から与えられた「仕事」です。

 

地上の人間だけでなく、

花や木、虫や魚や鳥などの動植物のみならず

霊界の霊的な存在も

神が創造された全ての

存在に各々与えられた仕事があって

その仕事を神に奉納するべく

コツコツとモクモクと

やり遂げなければならないのだと思います。

 

例えば病気で苦しんでいる人は

苦しむことが仕事なんだと思います。

 

病苦に苦しむ人は

大変だとは思いますが、

 

そこで苦しむのが

神から与えられた仕事であって

立派にその仕事をやり遂げて

 

神(大霊)にその霊性の成長を奉納しなければならないのだと思います。

 

 

 

 霊的な意味での仕事のほうが

地上的な意味での仕事よりもはるかに重要です。

そこにその人が生まれてきた霊的意味があるからです。

 

 

障害を持って生まれてきた方は

障害を引き受けるのが

神から与えられた仕事であって

その道で立派にその仕事をやり遂げなければならないのだと

思います。

 

神は完全です。

間違うということがありません。

全ての人それぞれの霊的背景にふさわしい

「仕事」を全ての人それぞれに

お与えになられていると思います。

我々はその「仕事」を立派にやり遂げねばならないと思います。

 

 

障害があるから神を恨むのは神の理解が間違っています。

 

その人が神に愛され神の愛が完全無欠で機能しているからこそ、

その結果として障害があるわけであって、

つまり障害があるからこそ神に感謝しなければならないのだと思います。

 

重い障害で一生を寝たきりで

生きなければならない人もいると思います。

 

物(肉)の目で見ると何もすることが出来ない

気の毒な人生のように見えるかもしれませんが、

 

霊の目で見ると

その人にしか出来ない

神から与えられた仕事を立派にやり遂げた、

難しい仕事を成功させた、

偉大な人になるのだと思います。