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スピリチュアリズムでおはようSUN

シルバーバーチの志を学んでいます

神(大霊)の道具はいたるところに

霊的気づき

大きめの天然温泉に行きましてね。
関西最大店舗ということで
いつか行ってみたいと思っていたんです。

 

夜の露天風呂に入っていた時の事です。

 

お湯に入っているときは気持ちのいいもんですね。
適度な温度があればこんなに水は心地いいものかと思いました。

 

これが水だったら冷たい冷たい。

 

こんなに心地よくはないでしょうな。
まさに苦行になります。

同じ水なのにどういうことかと思いました。


最近、滝に行ってませんから。
冬の滝行は厳しいです。

しかし温泉のお湯は気持ちよくて
ありがたいものです。

 

湯船にお湯がバーっと落ちてくるところがあるんですけども。
そこで背中にお湯を当てまして。
プチ滝行気分してたんです。

 

そこで霊的な考えが浮かんだんです。

「神の道具ってこれかなあ」

みたいなね。

 

その場での神の道具は「お湯」だと思ったんです。

露天風呂のお湯に入りながら
「このお湯が今まさに神の道具」って思いましてですね。

 

自然はみな神(大霊)が作った創造物です。

 

気持ちよく風呂に入り「お湯」に当たっていますけども。

「お湯」もまた神の創造物だなあと。

 

神の創造物といえば、太陽も月も、花や草木も、かわや海も、
霊も霊界も、みな神が作った創造物です。

 

そのすべてに神の御心
その計画の実現へ向けての役割があるわけです。

 

どんなものでも神の創造物は
一つ一つがみな全て神の道具なんだろうな
と思ったわけです。

 

 

お風呂に入っている人は皆気持ちよさそうです。
勿論僕も人間の一人としていい気分でお湯に
つかっているんですけども。

 

「お湯さん。たくさんの人々の役に立ってますなあ」
と敬礼敬礼ですわ。

 

「こんなところに神の道具の先輩がいはった」
「これは先輩の「神の道具」に学ばせてもらおう」
と思いましてですね。

 

「お湯のバイブレーション」に波長を合わせるべく
軽くその場で瞑想いたしました。

自分を「お湯さん」と同一化するような感じで。

 

お湯が自分で、自分がお湯で。

 

「神よ、このお湯さんのように
神のお手伝いをする為には
どのようにあるべきか教えてください」

と最初に祈りましてね。

 

 

こんな感じで自然と同一化する瞑想をすると
霊的にすごく良いと思いました。

 

美しい自然、神の愛あふれる「自然」は無数にありますから。
無数に神の道具が我々の「目の前」にあるわけです。

 

これらの諸先輩の方々に神の道具はいかにあるべきかを
学ばせていただくことは日常の生活でも
意識的でありさえすればいつでも可能だろうと思います。

 

滝行にもそういう要素はあるのだろうと思います。
水から「神の道具」であるためにはどうあるべきかを学ぶという。。。


自分が水で、水が自分で。

 

人間だけでなく生命を育成させる為には
水は不可欠なものです。

水が受け持つ神から与えられた仕事の
巨大さは人間の想像をはるかに越えるものなんだろうなあ。。
と思ったりしました。

 

そんな感じで露天風呂で瞑想してたんですが、
すごく充実した気分になりましてですね。


その時ですが。

ふと
「上を…」と
何かに語りかけられたような感覚がしましてね。

 

「えっ?上?」と

上を見ると月が出ていたんです。

はっとするような綺麗な三日月でした。

 

「ああ。太古の昔より変わらぬ月の美しさであることよ。」
みたいな感動がありました。

 

綺麗な月でさらに心が洗われたような
ありがたい気持ちになりました。

 

おそらくですが。
「上を…」
と語りかけてくれたのは
霊的な存在なんだと思います。